ブックタイトル連合宮城 2011.3.11 東日本大震災 災害救護ボランティア 受入の軌跡

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概要

連合宮城 2011.3.11 東日本大震災 災害救護ボランティア 受入の軌跡

総括座談会斉藤さんからは、その連載誌を送っていただき、引用などの許可もいただきました。その初回(8月4日付)は、以下のような書き出しになっています。ボランティアの生活が始まった。たった九日間で一体何ができるのか。何もできないだろうという不安が先に立つ。しかし、連合本部の呼びかけに、様々な業種の会社から、「何かをしたい」と全国から集まった五十四人である。うち、女性が六人だ。宿泊所は、宮城交通労働組合のご厚意で宮城県北仙台にあるオフィスを寝床にするという。各自三枚の毛布が配られ、朝七時起床、二十二時就寝。朝食はおにぎりが配られ、昼食は食中毒にならないよう、クーラーボックスにお弁当と保冷剤を入れて持っていく。夕食は「建物内での飲食は禁止。必ず外で食べること」という説明を受けた。これも地元への支援活動の一つだ。地域とのふれあいも生まれ、いまでも交遊が続いている例もある佐藤ボランティアに入った地域では、いろいろと感謝され、今でもおつきあいが続いているというケースもあるようですね。後藤仙台市宮城野区岡田地区では、拠点になった岡田会館の斜め向かいのお宅が納屋を全部貸してくださって、機材を置かせてもらったという例があります。小田島同じ岡田地区では、地区の人々がカンパしてくださって、そのお金で美容院の娘さんが人数分のアイスクリームをほぼ毎日差し入れてくださったことを覚えています(83p参照)。ありがたい気持ちになったことは、今でも忘れられません。山崎同じ岡田地区で作業をしていた時に、須田さんがあるお宅から「ありがとう」という感謝の言葉とともに鉢植えのアサガオをいただきましたね。山田仙台BCに置いてあったのですが、枯れそうになったので私が自宅に持ち帰って育てました。今でも、時期になれば花が咲きます。118東日本大震災復興の活動記録